大学受験の、「方針」「戦略」について、ちょいちょい、次のようなことをいっている指導者もいます。
「高校受験のときそれなりに出来た人なら、大学受験は、推薦+AO狙いと、一般入試、両にらみでいったほうがいい」
ただこれは、個人的には、実態を知らない指導者の言い分だなあ、と思います。
なぜかというと、それなりにハイレベルな高校に通っている人が、そのような、推薦+AO狙いと、一般入試、両にらみ、という戦略でいくと、「だいぶ負担が大きくなる」からです。さらに、いろいろ無駄も出てきます、なのにそれを知らないと感じられる主張だからです。
まず、学校で、平均評定で4.3などに(最高評定が「5」の学校で)ならないといけません。
(平均評定4あれば、みたいなことをいっている指導者もいますが、それは、人気大学・レベル高めの大学の「実際の基準」を知らない指導者です。平均評定が4を越えただけでは、実際には無理です。)
ところが、いわゆる「地方」と呼んでいいエリアの高校で聞くことなのですが、夏休みに、英語の副読本を2冊とか配られて、感想と考えたことをレポートで夏やすみ明けに提出しろ、みたいなことをいってくる高校とか、数学で、市販の標準問題集などを、解答冊子を抜いた状態で配り、毎週「レポート用紙に解いて、提出しろ」みたいにいってくる高校もあります。
仮に、推薦+AO狙いと、一般受験、両にらみでいったとすると、そんな副読本2冊の感想文も書いて提出しないといけないわけです。
(ちなみに、英語の副読本はほとんどの場合、読む意味はありません。なぜかというと、高校に副教材をおろすことだけを仕事にしている教材屋というものが、「筆者が亡くなってかなりの年数が経ったので、著作権が切れている、そういう古い英文を」「タダで使って」冊子にして、それを高校に売りつけているだけのことが多いからです。)
でも、仮に、推薦+AO狙いと、一般受験、両にらみでいくと、そんな副読本2冊の感想文も書いて提出しないといけなくなってしまいます。でも、「バカバカしい」と未提出にすると、英語の評定が下がってしまう。
数学も、そういう学校で良い評定(基本的に最高評定が実質マスト)を取る必要が出てしまうと、「市販の標準問題集ごときを、自分で解いて自分ですぐ答え合わせ」をすることができない。(数学で、市販の標準問題集などを、解答冊子を抜いた状態で配り、毎週「レポート用紙に解いて、提出しろ」、だから)でもこれも、不合理だ、バカかと思って、提出を無視(軽視)すると、数学の評定が下がってしまう。
さらに、対象の全科目で評定4超を取らないといけない。
また、推薦、AOも意識すると、英検の級をとる必要が出てきて、でも英検はやっていてもハイレベル大学の一般入試にはほとんど役には立ちません。(早大の某学部だけ、くらいです。)
このように、負担と無駄が、大きいです。
(なのに)「高校受験のときそれなりに出来た人なら、大学受験は、推薦+AO狙いと、一般入試、両にらみでいったほうがいい」、みたいなことをいう指導者もちょこちょこいますが、実態を知らない指導者といってよいでしょう。
そういう指導者は、よく、平均評定4あれば狙えますし、とかも言う。
(でも、人気大学に関しては、それはウソです。評定は4.3とか実際には必要です。)